「誰に」「何を」与えられるのか
いま、会社でひとり、企画提案書を映し出すパソコンと、真剣なにらめっこをしています。
日曜の夕方、商店街に提案する企画書。
書き手としては、自分たちの思いを込め、企画のねらいや仕組み、やりたい内容が書けた。
そう思っていました。


みんなが「絵に描けるようにイメージできる」企画書とは、いったいどんなものだろう。
大きすぎて抽象的で、わかりそうでわからない、その微妙な感覚。
いただいた指示を、自分なりに咀嚼、表現できずに、立ち止まっている自分がいました。


そんな時、ひとつのコラムを見つけました。
「おとなの小論文教室。」 http://www.1101.com/essay/
この方の文は、心の奥、深いところにそっと作用してきます。


「人の心に伝わる」企画書。
それは、「自分たちはこうしたい!」より、むしろ「自分たちは誰に何を与えられるか?」。
「得るもの目線」ではなく、「与える目線」。
予想以上に順調に進むあまり、達成する喜びを求めるあまり、見えにくくなっていた視点。


うまく行っているときほど、慎重に立ち居地、そしてベクトルを確かめる。
気付き、もらいました。何気ないところから、ありがとう、やわ。


■Lesson360 「対価」という発想
■Lesson324 人を動かすということ
■Lesson386 自己PRの視点
■Lesson325 死を思いとどまらせる言葉 1 (ちょっと関係ないけど)
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by sono3106 | 2008-03-08 02:08 | ┗━◇まちづくり
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